「海外赴任と成人病」 成人病を持って海外赴任した場合の健康管理
アルコール性肝障害について・・・健康的にお酒と付き合う法 
三菱商事診療所長 山田 隆治
アルコールと肝臓

はじめに
 肝臓の病気、特に肝硬変という言葉を聞いて、皆さんがまず最初に頭に思い浮かべるのはアルコールとの関連だと思います。確かに欧米諸国では肝硬変の約80%近くがアルコール性肝硬変で占められており(ちなみにメキシコ82%、アメリカ78%、フランス76%)、肝硬変とアルコールは非常に密接な関係を持っていますが、わが国では肝硬変の約80%は肝炎ウィルスに起因すると言われています(特にB型、C型肝炎ウィルスキャリアなど)。

 しかし従来より国民一人当たりのアルコール消費量が欧米に比べて少なかったわが国においても、食生活の欧米化とともにアルコール消費量は年々増加の傾向を示し、1994年の国税庁課税部酒税課の発表では、わが国の人口一人当たりの年間飲酒量は純アルコール量で6.6Lにも達しており、これを成人一人当たりの年間飲酒量に換算すると8.7Lにもなります。これは350mlの缶ビールに換算すると約500本となります。ところが毎日酒を飲んでいる人の割合は男性で30〜40%、女性で5〜10%と報告されていますので、それこそ毎日飲酒する人は実際にはこの何倍かの量のアルコールを間違いなく飲んでいることになります。

世界各国の人口一人当たりのアルコール消費量をみてみますと、20年前と比べてヨーロッパ各国ではかなり減少しているのがわかります。そんな中で日本はアルコール消費量が年々増加している数少ない国の一つといえます(表1)。これに伴って全ての肝硬変の中に占めるアルコール性肝硬変の割合も「アルコールと肝研究班」の全国集計でみてみますと昭和43年の11.1%から年々増加の傾向を示し昭和53年には約20%に迄増加しています。しかしそれ以降は横這いの状態であり、1989年からの3年間ではその比率はやや低下の傾向を示しています。

表1 各国別人口1人当たりアルコール飲料
消費数量の推移(アルコール分100%換算)

国名主として
1977年
主として
1994年
フランス 16.4g 11.4g
ルクセンブルク 14.4g 12.5g
ポルトガル 14.0g 10.7g
スペイン 13.1g 9.7g
(旧)西ドイツ 12.4g 10.3g
イタリア 12.1g 8.7g
ハンガリー 11.2g 10.3g
オーストリア 11.2g 9.9g
アルゼンチン 11.1g 6.5g
スイス 10.4g 9.7g
日本 5.1g 6.6g
備考:オランダ蒸留酒生産局調べの資料によった。
(国税庁課税部酒税課「酒のしおり」平成8年1月より)

ところが不思議なことにアルコール性肝硬変における肝癌の合併率は1976年以降年々増加してきており、1990年には40%を越えるまでになってきました。

ここで肝硬変に絞ってみてみますとアルコール単独で肝硬変になった人とアルコール+C型肝炎ウィルスが原因で肝硬変になった人の比率は約半分ずつなのですが肝癌の発生という点からみてみますとアルコール+C型肝炎ウィルスが原因で肝硬変になった人が約60%、アルコール単独の肝硬変の人が約30%と2倍もの差があります。

つまり日本での肝癌の発生にはC型肝炎ウィルスの関与がかなり高いと言うことが明らかになってきました。以上を要約してみますと日本酒に換算して毎日5合以上の飲酒を10年以上続けた「大酒家」でもアルコールだけが原因で肝硬変になる確率は約20%ということになります。

この数字を聞いて「お酒大好き人間」はややほっとしたかもしれませんが肝硬変になってしまったら様々な合併症が起こり将来長生きが出来ません。

愛飲家にとっては、一体どれ位のアルコールを飲んだら肝臓が悪くなるのか非常に関心の深いところだと思いますので、次に飲酒量と肝障害との関連について検討してみましょう。その前に私たち肝臓の専門医はよくアルコール性肝障害の患者さんを診察するときに「常習飲酒家」とか「大酒家」という言葉を使いますのでこの言葉の定義を記しておきます。

「常習飲酒家」
   日本酒に換算して一日平均3合以上飲む人。
「大酒家」
   日本酒に換算して一日平均5合以上、5日間以上継続して飲む人。

 日本酒1合またはビール大瓶1本またはウイスキーダブル1杯はいずれも純アルコール量で約22gに相当し、アルコールの1単位と称していますが、これを肝臓で処理するには約2〜3時間かかります。

飲酒量と肝障害の関係

 一般に肝臓が分解できるアルコール量は100〜200mg/時間/kg(体重)であり、体罰60kgの健康人が一日に代謝しうるアルコール量は純アルコールで150〜200g/日前後です。しかし慢性飲酒者のアルコール代謝量の増大や摂取カロリー(一般には大酒家は食事をきちんと取らない事が多い)の問題、就眠時間の問題などを考慮しますと、一日160g以上の飲酒は肝臓に対して明らかな障害性を有し危険と考えられています。事実、アルコールと肝臓についての著名な研究者LelbachやPequignot等によればアルコール80g/日(日本酒換算で3.5合、ビール3.5本、ウイスキー3.5杯いずれか)以下の飲酒は肝臓障害を起こさない安全域であり、80〜160g/日では5倍、160g/日以上では25倍も肝硬変を起こす頻度が高くなると報告されています。

わが国でも肝臓の専門家の会議で、日本酒に換算して毎日5合以上飲む「大酒家」では10年以上続けて飲酒した場合は肝硬変になる確率が極めて高いという結論が出ています。肝硬変にまで進行しない場合でも一般には日本酒に換算して3合以上を5年以上続けて飲むとアルコール性脂肪肝になり、更に10年以上続けると肝硬変にまで進行してしまいます。アルコール性脂肪肝は中程度の飲酒家によくみられ無症状の人がほとんどです。この病態はアルコール性肝障害の中では最も軽く、早期に禁酒すれば治ります。しかし普段から大量に酒を飲み続けている人が何日か集中的な大量飲酒を繰り返すとアルコール性肝炎のような重い病気を引き起こし、急性肝不全になり死亡する事もあります。

とにかく飲酒量が多くなると肝臓は腫れて大きくなり、食欲不振、全身倦怠感が出現します。この状態が繰り返されていくうちに次第に肝硬変へと進行していくわけですが、実際に肝硬変になってしまうと全身倦怠感が強くなり、クモ状血管腫や手掌紅斑などの皮膚病変が現れたり、腹水がたまり黄胆が出現し尿は茶褐色となり、時には食道静脈瘤を生じこれが破裂して大出血をきたし、死亡することもあります。

また肝臓癌の合併も40%に認められ、注意を要する病気です。しかも厄介なことに病気は徐々に進行してきますので、症状は漠然としていてはっきりとしたものがなく、ある時期まで無症状で経過する場合も多いので、大酒家で食欲不振、全身倦怠感、腹部膨満感、下痢・便秘などの便通異常のある人は直ちに専門医の診察を受け、血液生化学検査や、超音波検査で診断を確定する必要があります。

治療

 皆さんの回りにも仕事の関係上飲酒の機会が多く大酒家と思われる人はかなりいると思います。肝硬変にまで進んだ人はそう多くないにしても、アルコール性脂肪肝や、アルコール性肝炎の人はかなり見受けられます。合併症のないアルコール性脂肪肝の場合は、アルコール性肝炎や肝硬変と異なり可逆性変化ですから、通常禁酒後、高蛋白(120g/日)、高ビタミン(葉酸、ビタミンB12)で約2500カロリーの食事を摂れぱ回復してきます。

アルコールの肝毒性には個体差があり、しかも飲み方、食べ方により吸収率や代謝率の違いもあるため一概に安全量を規定できませんが、酒を楽しみながら飲んでアルコール性脂肪肝・肝炎・肝硬変にならないためには一日量を日本酒に換算して2〜3合以下にとどめ、週1〜2日の「休肝日」を設けるのが賢明といえます。

大酒家の場合、高脂血症や高尿酸血症、高乳酸血症を引き起こし、動脈硬化性疾患や痛風を合併してきますので、この点でも注意が必要です。最近は女性の飲酒者もかなり増えてきましたが女性は男性に比べてアルコールによる障害を受けやすく、男性の飲酒量の2/3程度でも肝障害を引き起こし、肝硬変にまで進む場合もありますので毎日飲むなら日本酒に換算して1合以下に押さえる方が良いでしょう。

酒に強い人弱い人があるのはなぜ?

 世の中には奈良漬けの匂いをかいただけで酔ってしまう人から一升酒を飲んでもけろりとしている人まで様々です。飲酒後の悪酔の気分は何ともいえず不快なものですが、この原因はアルコールが肝臓で分解されたときに生じるアセトアルデヒドにあります。飲酒後悪酔いしたり、すぐ顔が赤くなって心臓がドキドキしたりする人は血中のアセトアルデヒド濃度が高いわけですが、この代謝には肝臓の中にあるアセトアルデヒド脱水素酵素(ALDH)という重要な酵素が関与しています。

この酵素はALDH1、2と2種類あるのですが日本人の半数近くはALDH2の能力が欠けているため酒を飲むとすぐに前述のような症状が出現するわけです。この事が欧米の白人や黒人集団と比べて日本人にはアルコール性疾患が少ない理由ではないかといわれています。ただし、酒に強い人も大量の慢性飲酒を続ければやはり肝障害を起こすわけで、酒に強いと言うことと肝臓が強いと言うことは全く別の問題だと言うことを銘記しなければならないでしょう。「酒は百楽の長などといわれ人間にとっては古き良き友人ですが、自らを節することの出来ない人にとっては悪い友人にもなりうる」のです。


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