「海外赴任と成人病」 成人病を持って海外赴任した場合の健康管理
気管支喘息
丸紅東京本社診療所長 山澤 文裕
疾患概念

 過去数十年間の間に気管支喘息の病態についての理解が深まり、各種の抗喘息薬や治療法が開発されてきましたが、残念ながら全世界的に気管支喘息の発症率と死亡率は増加傾向にあります。

日本における発症率も、30年前は成人の1〜1.5%、小児の2〜3%でしたが、近年ではそれぞれ3〜4%、3〜7%と倍増しています。小児から成人まで全年齢にわたって患者が分布しており、発症率や死亡率の増加は社会的な問題です。このため、米国や日本をはじめ多くの国で、気管支喘息についての概念や治療法について再検討がなされました。

これまで、気管支喘息は可逆性の気道狭窄と気道過敏性という生理学的な面より検討されてきましたが、最近ではマスト細胞や好酸球などが関与する気道の慢性炎症が、その病態の本体であると考えられています。気管支鏡を用いた肺組織生検や気管支肺胞洗浄液の検討から、気道粘膜の損傷や気道への炎症細胞浸潤が軽症の気管支喘息でも起きています。

1995年のNHLBI/WHO(アメリカ国立心肺血液研究所/世界保健機関)のワークショップレポートで、「喘息は多くの細胞、特にマスト細胞・好酸球・Tリンパ球が関与する気道の慢性炎症性疾患である。素因のある個体では、この炎症は特に夜間から早朝に強い繰り返す喘鳴・呼吸困難・胸部絞扼感・咳嗽の原因となる。

これらの症状は通常、少なくとも部分的には自然にあるいは治療により改善する広範で変動しやすい気流閉塞を伴う。また、この炎症は喘息に伴う種々の刺激に対する気道反応の亢進を惹起する」と定義されました。

すなわち、気管支喘息の病態の中心は慢性気道炎症であり、非特異的気道過敏性は二次的な現象と理解されるようになりました。

病因

 気管支喘息の発症には遺伝的素因と環境因子がともに関与していると考えられていますが、中心的役割を果たしている遺伝子や環境因子は判明していません。また、気道の炎症は気管支粘膜下に浸潤したマスト細胞および好酸球から放出された種々の組織傷害活性物質(major basic protein、eosinophiliccationic protein、eosinophilic peroxidaseなど)が原因となります。

さらに、Tリンパ球由来の各種サイトカイン、傷害を受けた気道上皮細胞由来のPDGF(platelet derived growth factor)、TGF(tumor growth factor)‐βなどが、気道狭窄や喘息難治化の要因として考えられています。これら多種類の細胞の相互作用により、気道の炎症は増幅されます。また、このような炎症が生じると、気道の反応性が二次的に亢進します。

小児喘息の90%、成人喘息の50%の症例で1型アレルギーが関与し、アトピー型と非アトピー型に2分されます。アトピー型はアトピー素因を持った人が若年で発症し、アトピー性皮膚炎、鼻炎を合併し、近親者にもアトピー素因を持つ場合が多く、非アトピー型は40歳以降の発症が多くアトピー素因を認めません。

自・他覚症状

 気管支喘息の症状は、発作性の喘息、咳および痰です。この症状は夜間から早朝にかけてたびたび出現し、息切れと胸部絞扼感を訴えることも多くあります。発作時は努力性呼吸で呼気延長を伴った連続音を全肺野で聴取できますが、発作が軽度であれば肺野の一部もしくは強制呼出時呼気終末でのみ連続音を聴取します。寛解時の聴診所見は正常呼吸音です。また、発作時には頻脈、起座呼吸、頚静脈怒張、チアノーゼなども認めます。発作が重篤で気流閉塞が高度になると、それまで聴取されていた連続音が減弱します。これは大変危険な状態ですので、至急に気流閉塞を改善する処置が必要です。

検査所見

 発作時の胸部X線写真では肺の過膨脹所見を、心電図検査では頻脈を認めます。また肺機能検査では閉塞性障害(1秒率の低下)を認めます。血液ガス分析では動脈血O2分圧の低下を認めます。CO2分圧は気流閉塞の程度により異なりますが、重篤な発作では高値を示します。寛解時にはこれらの検査では異常を認めません。近年、気流閉塞の指標として、小型で簡便なピークフローメーターが開発され、気管支喘息の自己管理の重要な道具として用いられています。

ピークフローとは、最大吸気位から最大努力呼出を行った際に得られる最大呼気流量のことです。気管支喘息がコントロールされ症状の全くない寛解時に、個人の最善値を求めます。医師が聴診により連続音を聴取した時は、すでにピークフローが25%も低下しているといわれ、聴診所見よりもピークフローのほうが鋭敏に病状を反映します。また、ピークフローの日内変動は、気管支喘息の安定度、重症度の良い指標で、20%以内とするように治療することが重要です。また、日内変動が50%以上のときは、病状が不安定で危険な状態です。

治療の原則

 治療の具体的な目標は、@呼吸機能を正常またはそれに近い状態に維持する、A運動を含む日常生活を支障ないものとする、B気管支喘息の急性増悪を予防する、C連用する薬剤の副作用の発現を防ぐ、ことです。海外出張や旅行は病状がコントロールされた状態ならば全く問題はありません。ただし、平素はきちんと薬剤の内服や吸入を守れていても、時差があると守れなくなりますので、時差に体調を合わせるためには通常よりも内服や吸入回数を多くする必要があります。

治療に経口プレドニンを用いている場合には、たとえ漸減の時期が旅程内にあったとしても、投与量を減量してはいけません。旅程が忙しい場合には、十分な休養をとれずに喘息発作を起こすこともありますので、ゆったりとした旅程とすべきです。航空機内は湿度が10%前後と乾燥しており喘息発作の誘因となりますので、水分摂取に努めてください。車や工場の排気ガスで大気汚染が激しい都市や挨の多い観光地では屋外での活動を制限すべきであるし、またタバコ煙、化粧品や臭い消しスプレー、大気汚染などの気道刺激物質をさけることが喘息発作の予防につながります。

気道感染も喘息発作の誘因となりますので、膿性痰があるときは適切な抗生剤を内服させます。旅先にもピークフローメーターを持参させ、毎日ピークフローを測定させます。ピークフローが自己最善値の80%以下ならば、吸入薬や経口薬剤の量を通常の1.5〜2倍に増量させ、喘息発作を防止させます。現在、喘息発作予防のための第1選択薬は、抗炎症効果の強い吸入ステロイド剤であるプロピオン酸べクロメタゾン(BDP)です。

 慢性喘息は継続して何らかの治療を必要とする喘息で、重症度に即した形で、各種薬剤を用い、症状のコントロールをはかります。慢性気道炎症を改善するために中心的役割を果たしているのがBDPで、8パフ(400μg)/日を通常量として用います。全身への副作用は少ないが、時に口腔内の副作用があるため、大容量の吸入補助具(スペーサー)を使用させます。

 急性発作が起こった場合には気流閉塞を是正するため、吸入および経ロのβ2刺激薬、エピネフリン皮下注、アミノフィリン製剤およびステロイド剤の点滴静注が用いられます。発作が軽度の場合は、吸入β2刺激薬を定量噴霧器(metered dose inhaler、MDI)で1〜2パフ吸入させ、改善しなければさらに30分後に反復させます。悪化を防ぐため抗炎症剤である吸入ステロイド薬を併用もしくは増量させます(BDP 8〜16パフ、400‐800μg/日)。喘鳴が強く会話時にも呼吸困難があるならば(中等症)、β2刺激薬の定時内服、吸入と高用量のBDP吸入(16〜40パフ、800‐2000μg/日)を行わせます。

非常に喘鳴が強く安静時にも呼吸困難があり、ピークフロー値が60%以下の場合(重症)、経口プレドニン短期大量療法とそれに続く高用量吸入ステロイド薬と経口プレドニン薬を用いさせます。中等症や重症の発作の場合は医療機関を受診させ、症状に応じてエピネフリン皮下注、アミノフィリン点滴静注、ステロイド剤静注へと治療の拡大が必要です。アミノフィリン注射にあたっては、頭痛、悪心、不整脈などに注意します。アミノフィリンやステロイド剤投与が必要な場合には、低O2血症改善のため酸素投与も必要で入院治療へと移ることも多くあります。


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