「海外赴任と成人病」 成人病を持って海外赴任した場合の健康管理
心臓病
松下健康管理センター所長 阪上 皖庸
中高年者海外赴任

 企業の海外進出が本格化して以来、早くも30年余りの年月が経っています。海外での事業規模が拡大するにつれ、事業経験豊かな社員を派遣する必要性が高まります。そのため派遣労働者の平均年齢は徐々に高くなり、中高年層の赴任者も増えています。

 中年以降になると、心臓病・高血圧症などの循環器病や、その誘因となる糖尿病・高脂血症・高尿酸血症などが目立ってきます。海外駐在中や、時には早くも赴任途上の飛行機の中で心臓発作を起こす人もいます。海外では一般に国内よりも心臓病を誘発する要因が多いので、派遣労働者自身の個人的注意とともに、派遣企業の適切な配慮が欠かせません。

多いのは虚血性心臓病

 心臓病の中で圧倒的に多いのは虚血性心臓病です。これは心臓の筋肉(心筋)に血液を供給する動脈(冠状動脈)が、動脈硬化によって内腔が狭くなったり塞がったりするせいで起こります。

 心臓は全身に血液を送り出すポンプです。ポンプ役の心筋を働かせるエネルギー源は、冠状動脈から送り込まれる血液中の酸素と栄養です。動脈硬化の程度が軽いうちは無症状ですが(これを無症候性虚血性心臓病と呼んでいます)、動脈硬化が進んで心筋が必要とするほどの血液が送り込まれなくなると、症状が現れます。

狭心症と心筋梗塞

 運動したり興奮したりして心筋の仕事量が増えた時や、ストレスとか喫煙のせいで冠状動脈が強く収縮(攣縮)して血液量が落ちた時、酸素と栄養の需給バランスが崩れます。そんな時でも心筋は働き続けなければならないので悲鳴をあげ、心臓が激しく痛みます。これが狭心症です。この痛みは普通は数分からせいぜし十数分で収まりますが、動脈硬化が進んで内腔が一層狭くなり、遂には塞がると、動脈流域の心筋は酸素と栄養を絶たれて死んでしまいます。ポンプが満足に働かなくなるので急死する場合が多く、死亡率が非常に高い病気です。これが心筋梗塞です。

心臓病のチェック

 心臓病チェックの第一歩は心電図検査です。6カ月以上の長期海外派遣者に義務づけられている健診には、この検査が含まれています。しかし心電図が心臓病を見つける能力は、一般の人々が思うほど高いものではありません。体をあまり動かさない時は、心筋が必要とする血液は冠状動脈の内腔が半分から3分の1程度になるまでは充分供給されます。つまり動脈硬化がその程度まで進まないと、心電図に異常が現われないことが多いのです。

 だからそれより軽い動脈硬化が疑われる場合には、階段昇降や自転車のペダルこぎなどの運動を行って心筋の仕事量を増やし、血液の需要を高めた状態で心電図を記録します。これが負荷心電図検査です。最近は長時間心電図波型を連続記録するホルター心電図や超音波検査もよく行われますし、冠血管造影やシネアンジオグラフィーといって、太ももの動脈から細い管を挿し込んで冠状動脈に造影剤を流して撮影するX線検査も行われます。

心臓病のリスクのある人の赴任

 心臓病や心臓病を起こしやすい高血圧症などがあったり、以前に狭心症や心筋梗塞を起こしたことのある人では赴任先での勤務を含めた生活状況や医療環境を考慮して、赴任の可否を決めなければなりません。医師が赴任可能だと判断し、本人も赴任を望む場合は、医師から充分指導を受け、注意を守ることが大切です。前述したように、自覚症状は病状がかなり進むまでは現れないことが多いので、自覚症状がないからといってタカを括ることは禁物です。

 海外でも服薬を続ける必要があれば、健康保険では4週間分までの一括投薬を受けることができます。狭心症の薬など、薬によっては日持ちしないものもありますので医師に確かめてください。長期服薬が必要な場合は、現地の信頼できる医師に治療を委ねるのが原則です。一般的にはまず家庭医を選びます。

そして必要に応じ、その医師に心臓専門医を紹介してもらうことになります。渡航前に日本の医師に、現地医師に宛てた紹介状を作ってもらうことも必要でしょう。

 日本の医師から薬を送ってもらう人もいますが、病状や身体の調子は必ずしも一定ではなく、治療内容もそれに応じて変えなければならないことが多いので、医療も郷に入れば郷に従う「現地化」を心がけるべきだと思います。途上国や医療過疎地で適当な医師や医療機関を利用できない場合は、当然ながらその地への赴任は避けなければなりません。

 現地で病状が突然悪くなる場合に備えて、救急車の手配や救急病院の利用の仕方、緊急連絡方法などは十分飲み込んでおく必要があります。心臓発作で倒れた人を現場で助ける心肺蘇生術も、赴任者全員が予め講習会などで習っておくことをお勧めしたいと思います。

虚血性心臓病の危険因子

 心臓病の中で最も多い虚血性心臓病は、血圧やコレステロール値が高いほど、糖尿病や肥満があるほど、たばこを吸えば吸うほど、そしてストレスが多いほど起きやすく悪くなりやすいことが分かっています。

 高血圧症では、心臓は高い血圧を維持するために仕事量が増えてオーバーワークになりがちです。体が太っていても心臓に負担がかかります。コレステロールが多いと、その中のLDL-コレステロール(いわゆる悪玉コレステロール)が血管壁に滲み込んで、動脈硬化が進みます。タバコを吸うと血液中に吸収されたニコチンが血管の内面を傷つけ、その傷口からLDL-コレステロールが血管壁に侵入しやすくなります。糖尿病では過剰の糖が血管を痛め、コレステロール値も高いことが多いので、動脈硬化が一層進みます。過度のストレスは交感神経を興奮させ、アドレナリンなどの分泌を促して血管が収縮し、血圧を高めます。そして心臓の仕事量が増え、動脈硬化が進んで心臓病が起きやすくなるのです。

心臓病を防ぐ

 海外派遣労働者は国内勤務の時よりも一段と責任の重い職務に就くことが多いうえ、日本の本社との時差を超えた業務連絡、書類の翻訳、言葉や考え方が異なる現地人との折衝、日本からの釆訪者のアテンド(接遇)など、海外ならではの仕事も加わります。ストレスが多く、生活は不規則になりがちです。

宴席の機会が増え、タバコの量も増えるという具合に、心臓病のリスクが高まる場合が多いことに注意する必要があります。従って次のような日常生活上の注意が大切です。

1)食べすぎす、腹八分。塩分は控えめに、緑黄色野菜や海草類は多く摂るよう心がける。
2)アルコール飲料は適量にとどめる。例えばビールを日に小ビン2本、ウイスキーならダブル1杯。
3)タバコは吸わない。日に15本以上吸う人は吸わない人に比べて心筋梗塞にかかる率は約3倍、死亡率は6〜7倍にも上がります。
4)適度の運動をする。運動による消費カロリーは少なくとも週2,000kcal以上(表参照)。治安が悪く散歩などできないところでは、屋内でできるダンベル体操やエアロビクスでも結構です。

表 運動の種類と80Cal(一単位)相当の運動量(時間)
運動種目基礎運動量消費カロリ
散歩(60m/分)30分80
速歩(80m/分)20分80
ジョギング(100m/分)15分80
かけ足(120m/分)10分80
平泳ぎ10分80
キャッチボール15分80
テニス(シングルス)10分80
バドミントン15分80
卓球15分80
ラジオ体操15分80
ハイキング半日(3時間)80x7
サイクリング半日(3時間)80x7
野球1試合(投手、捕手以外)80x4
ゴルフ1ラウンド80x4
ボーリング3ゲーム80x7
スキー60分80x2
スケート60分80x2
その場かけ足15分80
なわとび10分80
階段の昇り降り15分80

5)炎天下でのゴルフなどでは水分を十分に摂り、脱水しないよう気を付ける。熱帯地でも強い冷房のレストランなど要注意。
6)自動血圧計・体重計・万歩計を活用する。
7)生活はなるべく規則正しく送り、7〜8時間の睡眠を心がける。
8)過度のストレスは避ける。あまりイライラ、カッカせず、尻込みもしない。
9)単身赴任はなるべく避け、暖かい家庭の雰囲気を大切にする。
10)年に1度は現地で、或いは帰国時に健診を受ける。
11)不調を感じたら早めに医師に受診する。
12)心臓病やそのリスクのある人は、食事や運動など生活全般について医師の指示に従う。
13)職場では社員同士、お互いの心身の健康状態に注意し、親身に相談に乗る。

心臓病のリスクの目安

 最後に、検査所見で心臓病のリスクがあると考えなければならないレベルを示しておきましょう。

1)体重(Kg):身長(m)2×24以上
2)血圧(mmHg):最高140以上、または最低90以上
3)空腹時血糖値(mg/dl)= 110以上、特に尿糖陽性の場合
4)脂質(mg/dl)
  総コレステロール値:220以上
  HDL−コレステロール値:39以下
  LDL−コレステロール値:150以上
  トリグリセライド値*:150以上
  *LDL−コレステロール値はおよそ

総コレステロール値−HDLコレステロール値−トリグリセライド値/5

       で計算した値に相当します。



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