「海外赴任と成人病」 成人病を持って海外赴任した場合の健康管理
高血圧症
東京三菱銀行日本橋健康管理室 室長 松崎 中
緒言

 現在の我国では、海外拠点をもっている企業では、海外勤務は最早特別の事ではなく、国内拠点への転勤と同じと見なされる様になってきております。そこで、慢性疾患をもっている人については、どう考えたら良いでしょうか。一般的に言えば、その疾患が濃密な治療管理を要したり進行して生命を脅かすような性質のものではなく、良い管理状態にあり赴任先でも正しい治療管理が続けられれば、国内で外来管理を受けながら普通に勤務している人と同じで、海外勤務は必ずしも不適格ではないと思います。

 これから述べさせていただく高血圧症も、この条件にあてはまり、事実現地で然るべき医療機関で管理を受けつつ、恙なく業務を遂行されている方も珍しくありません。もっとも、そうは言っても手放しで大丈夫という訳には行きません。それには、あくまでも管理が確立し、且つそれが続けられるという前提があっての事です。

 成人病といえば、所謂三大成人病〜悪性腫瘍(癖等)、心疾患、脳血管障害(出血、梗塞に因る卒中)の順〜がまず頭に浮かびます。これは我国の1950年以来現在に至る死因順位上位3者です。但し順位については、1980年迄に脳血管障害が大幅に減少し、心疾患はほぼ不変、代わって悪性腫瘍が増え、現在の順位になっています。もっとも、脳血管障害の死亡は減少してはいるとはいえ、罹病率は決して下がっておらず、そのため生活の質低下の危険は決して小さくありません。

 これら三大成人病の内、心疾患、脳血管障害は所謂広義の循環器疾患です。そしてこれに大きな関係を持っているのが高血圧です。

血圧とは

 普通言う「血圧」とは、動脈内を流れる血液の圧力の事です。この圧力は左心室が収縮し、血液を送り出す際に与えられたものです。左心室は、通常−定の周期で、収縮、拡張を繰返しますから、圧力も同じ周期で変化します。手首や頸部の動脈で触れる脈拍はこの圧の変化によるものです。

 左心室が収縮すると、室内にある血液の圧が上り駆出されます。この時の最大の圧力のことを「収縮期血圧」又は「最高血圧」と言います。左心室の収縮が終り心室圧が下がると、左心室と大動脈の境にある大動脈弁が閉じます。これにより動脈内は圧が保たれ、次の心室の収縮迄、圧は下りながらも持続して血液を送って行きます。この時期は心室は拡張し、心房よりの血液を満しつつありますので拡張期と言い、次の収縮直前の下がりきった動脈の圧力を「拡張期血圧」又は「最低血圧」というわけです。

 血圧は一定のものではありません。圧力を規定する要素には、心臓より送り出される血液量、通過する血管の内径、血管壁の柔軟性等があります。又、循環血量、筋肉、皮膚等の末梢の酸素要求、放熱要求、中枢神経等の身体条件に基づき、内臓神経やホルモンを介し圧力は調節されています。

血圧の測定

 血圧の測定は、血管内に直接管を入れて計るのが一番正確ですが、日常的には、上腕にゴムの圧迫帯を巻き、空気で膨らませて血管を圧迫し、内圧とつり合せ、この圧を水銀柱の高さで表現するという、非観血的なお馴染みの方法で計ります。これは原理的には古く、一世紀も前の1896年、Riva Rocciが案出した方法ですが、その後もこれに優る方法も無く、現在まで標準となされております。具体的な測定法は、1904年にKorotkovの案出した聴診器を用いた方法で、先ず上腕に巻いた圧迫帯の下縁の動脈〜肘の内面内側〜を触れつつ圧を上げ、拍動が消えた圧よりなお2〜30mm加圧します。次いで、この動脈の上に聴診器を当て、音を聴きながら空気圧を徐々に下げて行き、拍動音が聞こえ始めた圧が収縮期圧です。

更に圧を下げて行きますと、次第に音が大きくなりますが、最後には音が消えます。この時の圧が拡張期圧です。例えば、120mmで音が出現し、60mmで消失したら、血圧120/60mmHgというふうに記します。この方法は少し慣れれば誰にでもできますので、血圧管理を受けている方はもとより、家族に血圧の高い人がいるような方は、是非血圧計と聴診器は家庭に備えて置かれるのが良いと思います。

高血圧とは

 血圧というのは、その時々の身体状況に依り調節されております。例えば、所謂正常血圧の人でも、100米全力疾走の際には、恐らくは収縮期血圧は優に200mmHg近くには達している筈ですし、又そうしないと筋肉に充分血液を供給できません。しかし、この様な場合は高血圧とは言いません。「安静状態でも固定して、基準値以上の高い血圧を示す場合」が高血圧症なのです。

 WHO(世界保健機関)が、1959年に初めてガイドライン、診断基準を公表し、その後何度か修正を加えましたが、現在でも一般にこれに則って判定が行われております。

[WHO高血圧分類] 単位=mmHg
高血圧     収縮期圧 ≧ 160
   及/又は 拡張期圧 ≦ 95
境界域高血圧  収縮期圧 159〜140
   及/又は 拡張期圧 94〜90
正常血圧    収縮期圧 < 140
   及/又は 拡張期圧 < 90

 なお、測定条件は最低5分以上の坐位か臥位での安静後に測定とされています。

高血圧と疾患

 高血圧症は心疾患や脳血管障害に大きな関係を持っていると述べましたが、高血圧の人は正常血圧の人に比し、脳出血や脳梗塞の発生率は数10倍、死亡率は約5倍と言われております。心筋梗塞、狭心症といった、心疾患は、脳血管障害ほど、高血圧との関係は密接ではありませんが、発生率で2〜5倍、死亡率で2〜3倍はあると言われています。

 高血圧では、常に高い圧力が血管に掛るため血管壁は変化を受けます。弱いところが破綻したり、壁にコレステロール等の沈着に困る粥状硬化が起こったり、壁自体が変成したりして粗?になります。

このような状態では内腔が狭められ、血液の通りが悪くなり、又血液の塊が生じたり、附着し易くなって血管を閉塞する原因となります。そしてこのようになった血管の分布する臓器は機能が損なわれる事になります。これが脳血管に起これば、脳梗塞、脳出血を惹起こし、心臓に血液を供給する冠動脈に起これば、心筋は酸素不足になったり、壊死に陥ります。これが狭心症や心筋梗塞です。更に、動脈瘤も動脈硬化に困る破綻が原因の大半です。又、高血圧は直接心臓にとって、高い圧力を常に維持しなければならないため、次第に心肥大や心機能低下といった異常が起こり、やがて心不全の基ともなります。

 腎臓については、高血圧の原因としての腎臓病という場合もありますが、腎毛細管に悪影響を与えたり、動脈硬化によって腎機能を損います。

原因

 高血圧を分類しますと、「二次性高血圧」〜ホルモン異常、腎臓病、血管病特に腎血管異常等、原因の確然としているものと、「本態性高血圧」〜本態不明のものとに分けられます。普通高血圧と言われるものの9割以上は、所謂この本態性高血圧に属します。本態性高血圧の成因については、加齢(加齢に伴い増加)、性別(男性に多い)、性格(性急、競争的、闘争的)、家系、食性(塩分摂取の過多)、肥満、生活環境(ストレス、寒冷)、飲酒量等、様々な因子の組合せによると言われています。

治療、予防

 基本的には血圧の治療、むしろ管理という方が適切と言えますが、二次性高血圧も本態性高血圧も血圧を正常城に保つ事です。二次性高血圧については、基礎になる疾患の原因治療で、時には外科的に治療をすることもあります。本態性高血圧では服薬治療のみならず、高血圧因子の管理も大切です。年齢、性別、家系などの因子は、如何ともし難い訳ですが、食性、肥満、飲酒量等は改善できうる筈の因子です。

食事の因子は大切ですが、食塩摂取量と高血圧とは密接に関連しますので特に重要です。因みに、食塩摂取量の多い地方では高血圧の発生頻度、更には脳卒中の発生頻度が高く、この様な地方で減塩食運動を行った結果、脳卒中が激減したという事実もあります。

 現在、日本人の平均食塩摂取量は、12g前後とされていますが、減塩の目標は、一日10g以下、望ましくは6g程度です。欧米での平均食塩摂取量は6〜7gとされていますので、不可能ではないと思われます。和食では、如何しても塩が多く、味噌、醤油、漬物等全て塩が中心です。因みに味噌汁一杯1〜2g、醤油大匙一杯3g、沢庵30gあたり7g位含まれています。減塩は高血圧管理の第一歩ですので、高血圧症の方はまず低塩食に慣れる事、香辛料〜血圧には影響ありません〜や出し汁等を巧く使って塩を少くする事です。

 事実、日常診療でも、食事の注意をはじめ、体重管理、適度の運動等により服薬量軽減や不要の例は良く経験するところです。

 服薬治療について「一旦薬を服むと、一生服み続けなければいけないから」と服薬を躊躇される方が、ままおられます。確かに、素因や身体状況で一生服まざるを得ない方が多くおられますが、一方では牛活習慣や環境改善で、服薬が不要になる場合も屡々経験します。時には致命的にもなり得る、高血圧に因る疾患の発症を考えれば、徒に服薬を怖れるべきではないと思います。

 高血圧管理上重要な事に治療の連続性の問題があります。それは服薬している場合など特に問題で、不規則な服薬の場合血圧が大きく動揺したり、リバウンドといって服薬前より却って悪化する事があるからです。又、主治医を転勤等で換える際には、必ず経過の紹介状を貰って置く事も大切です。特に海外赴任の場合、少なくとも服薬中の薬剤の種類、量、それも海外各国では同じ薬品でも、商品名が異なったり、錠剤なら含有量が異なる事が多くありますので、必ず一般名と投与量を書いて貰って下さい。

結語

 高血圧の頻度は、40歳台では約14%、境界域高血圧は約25%近くおり、50歳台では更に増え高血圧は約20%、境界域高血圧は27%とされています。

 元来高血圧は自覚症が殆ど無く、管理を受ける動機に乏しい疾患と言えます。然し、前にも述べたように、三大死因の近因、遠因でもありますので、生活に勤務に支障なく、永く質の高い人生を享受するためには管理が不可欠です。又その際管理を医師だけに任せず、疾患を理解し、改善する努力を医師と共にするという事が何より重要と思います。海外生活はそれ自体ストレスになり得ますし、受診も医療先進国ばかりではなく、発展途上国もあります。しかし、大切なのは自己管理の意識と医師との意思疎通の意欲と思います。

 甚だ不充分ですが、本稿が海外勤務される方が健康に生活されるために些かでも御役に立てればと願っております。


[Index]
(c) Copyright :1997 Japan Overseas Medical Fund. All rights reserved.