1.既往歴及び業務歴の調査
まず、過去及び現在、治療を受けたり指摘されたりした病気については、自分でも充分に理解しておくことは最も大切なことですので、赴任前に担当医に御家族と一緒に説明を受けておくことが重要です。
また、家族歴によって一部の遺伝性の病気(先天性心疾患、糖尿病、高血圧、高コレステロール血症等)の可能性を知っておくことも重要です。
さらに、成人病は生活習慣病と言われるように日常生活の不規則、不摂生によりもたらされるものであり、自己の生活習慣(酒、タバコ、食事、運動等)を赴任前にチェックしておくことは、成人病の芽をあらかじめ知って、早期につみとってしまうという点で重要です。
業務歴は、環境や職場での病気(公害や職業病)を予防する上で重要です。たとえば、騒音による健康障害では睡眠障害や作業能力の低下を引き起こしたり、時に難聴を起こしたりします。また、職業性の振動により骨や関節の障害、白ろう病(血管障害)等が起こることがあります。
海外の都市の一部では、工場や自動車による深刻な大気汚染があり、この様な地域に赴任された多くの方に呼吸器の症状を訴えられる方がいます。
その他、作業環境によっては金属中毒(鉛、カドミウム、クロム、水銀、ひ素、マンガン等)や、ガス等の工業中毒(一酸化炭素、二酸化窒素、塩素、シアン化水素、亜硫酸ガス、硫化水素、フッ化水素、有機溶剤等)による障害もあり、この点にも充分な注意が必要です。
2.自覚症状、他覚症状
自覚症状の有無は医師の問診の際に聴取されますが、以下の点には自分でも充分に留意しましょう。
1)意識を失ったことがあるか
2)手足が不自由になったことがあるか
3)舌のもつれることがあったか
4)頭痛、めまい、ふらつき、耳鳴りが長く続いたことがあったか
5)胸の奥がしめつけられたり、圧迫されるような感じがあったか
6)坂道や階段を昇るとき息切れや動悸がしたことがあったか
7)脈の乱れを自覚したことがあったか
8)顔や足がむくんだことがあったか
9)よくのどが渇いて水を飲んだことがあったか
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これらの症状が一つでもあったら、問診の医師に相談してみましょう。
他覚症状は医師の診察によるものですが、専門的な表現が多いので、異常所見があれば担当の医師によく聞いて、充分にその意味を理解しておきましょう。
3.身長、体重、視力及び聴力
1)身長、体重
身長と体重を計測することによって自分の適正体重を知る事が出来ます。
従来の標準体重を算出する方法は、
がよく知られていますが、これでは太めだけれど健康上の問題のない肥満まで病的と判定されてしまうため
BMI法:体重÷(身長m)2 ※1
や
理想体重:(身長m)2×22 ※2 |
の算出法が現在は使われています。
また、肥満の程度だけでなく、高脂血症や糖尿病、高血圧等の合併が多い内臓脂肪型肥満を検出するため、
を計測して下さい。問題なのはリンゴ型肥満で、このタイプには内臓脂肪型肥満が多く認められます。
※1:22が病気の率が最も低い理想体重指数で、+20%以上が肥満。数値が上がるほど高脂血症や糖尿病、心疾患等の合併症が多くなる。
※2:理想体重から+20%以上が肥満。
※3:男性は1以上、女性は0.8以上がリンゴ型(上半身型)肥満。それより少ないのを洋ナシ型(下半身型)肥満。
2)視力
近年、老年者人口の増加に伴い視力障害者の数が急速に増加しています。特に高齢者では、緑内障、白内障、糖尿病性網膜症等の割合が高くなっています。
若年者では、VDT(コンピュータ機器)による視力障害が増加しています。
特に、糖尿病や動脈硬化といった全身性の病気が視力障害となって表れる事も多く、視力の経年的な変化には注意しましょう。
3)聴力
一般に、聴力は40才代より年令と共に徐々に中、低音域におよんでいきます。
聴力障害には、遺伝や胎内での異常による先天性のものと、ストマイやカナマイといった薬剤による後天性のものがあります。
その他、騒音の激しい職場での職業性難聴等があり、メニエール病や中耳炎、内耳炎といった病気でも聴力障害が起こりますので、聴力検査の経年的な変化には注意して下さい。
4.胸部エックス線検査及び喀痰検査
胸部エックス線検査は、肺や心臓だけでなく助骨や脊柱といった胸郭を形成する諸臓器を形態的に検査する上で欠くべからざる検査です。
心臓陰影の携帯や大きさにより診断し得る心臓病も多く、また肺の病気では肺癌を含めて肺気腫、肺結核慢性気管支炎等たくさんの病気の診断にとって最も大切な検査です。
特に、肺癌は近年日本だけでなく世界的にその患者数が著増しており、男性での癌死亡率は胃癌を抜いてトップとなっています。
よって、男性で40才以上、喫煙歴の長い(brickman Index=一日の喫煙本数×喫煙年数が400以上)方は、胸部エックス線検査とともに喀痰検査を半年毎に受けるようおすすめします。
胸部エックス線検査の結果については、経過観察でいいもの(軽い陳旧性肺結核、慢性気管支炎等)から、至急病院での精密検査を要するもの(肺結核、肺腫瘍等)まで様々ですが、基本的には検査結果の指導に従って下さい。
また、喀痰細胞診では、その判定基準は専門的には、表3の如くクラスA〜Eまで様々の評価があり、DおよびEは精密検査を必要とします。これも胸部エックス線検査の結果を考慮して結果が出ますので、基本的にはその指導に従って下さい。
表3 喀痰検査
A:喀痰中に組織球を認めない。
B:正常上皮細胞のみ。
軽度異型扁平上皮細胞。
C:中等度異型扁平上皮細胞。
核の増大や濃染を伴う円柱上皮細胞。
D:高度異型扁平上皮細胞または
悪性腫瘍の疑いある細胞。
E:悪性腫瘍細胞。
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5.血圧の測定
血圧の測定は、高血圧症あるいは低血圧症を診断する唯一の方法です。しかし、血圧は食事や運動、精神状態、測定環境によって左右され易く、その正確な値を知るには一度だけでなく、定期的なチェックが必要です。
特に、血圧を自己測定する場合には、まず医師等の指導を受け、一定の時刻(朝より夕方の方が高め)で、一定の姿勢を取り、充分な安静の後測定するようにして下さい。
まず、高血圧を指摘された場合ですが、高血圧の定義は、図1の如くであり、自分の血圧を確認してみましょう。

高血圧の原因は、90%以上は原因のわからない本態性高血圧です。その他、腎臓や内分泌系の異常による二次性の高血圧とがあります。
高血圧を放置して置くと、動脈硬化が進行し、脳出血や脳梗塞、狭心症や心筋梗塞、腎不全等の合併症を発病し、心臓自体も動脈硬化のために肥大し、心不全へと進行します。
ですから、高血圧の指摘を受けたら、放置せず出来るだけ早期に医療機関を受診し、必要な検査、治療を受けて下さい。また、海外赴任者の場合、医療機関への早期の受診が難しい場合、日常生活の中で高血圧の増悪因子である、
1)塩分摂取の過多、2)カリウム、カルシウムの摂取不足、3)アルコールの摂取過多、4)肥満、5)過重な肉体労働、6)寒冷、7)精神的ストレス等に注意し、血圧の定期的な測定を行って下さい。また、タバコやコーヒーも控えめにしましょう。
次に、低血圧症とは、最大血圧が100mmHg以下の場合をいいます。多くの場合、体質的なことが原因となっていますが、時に内分泌系の病気が原因となっている事もあります。自覚症状がないことが多いのですが、めまいや立ちくらみ等の症状がある場合は医師に相談して下さい。
6.尿検査(尿中の糖及び蛋白の有無の検査)
尿中の糖が陽性の場合には、血中の糖が高いための高血糖尿と血中の糖が高くない腎性糖尿が考えられます。
腎性糖尿の場合、腎臓に障害があって尿に糖が検出されるときと、異常がなくて尿に糖が検出されるときとがあります。
また、高血糖性糖尿の場合、糖尿病が疑われますが、その他、膵疾患、内分泌疾患、肝疾患等の病気のために糖尿病を起こす場合もあります。いずれにしても尿糖が認められた場合には、血中の糖の測定等の精密検査が必要です。
特に糖尿病の場合、長期にわたって持続した高血糖による合併症や併発症の発病によって気づかれることが多く、健診で異常を指摘された場合には必ず精密検査を受けて下さい。
糖尿病とは膵臓からのインスリンの産生及びインスリンの作用の不足によってもたらされる病気ですが、これはここ30年程でめまぐろしく変化した生活環境や食生活に基づくものであり、高蛋白、高カロリーの食事や職場や生活環境での省力化等により急増している病気です。
糖尿病は血糖値が高いだけでは口渇、多飲多尿といった症状だけですが、長期の高血糖によって全身の毛細血管の異常と動脈硬化が進行し、そのため失明につながる糖尿病性網膜症や腎不全に至る糖尿病性腎症、末梢神経障害、さらに狭心症、心筋梗塞、脳卒中といった病気を引き起こします。つまり、糖尿病をコントロールするとは合併症への進行をいかに防止するかにかかっています。
糖尿病と診断された場合の対応は個々で異なりますので、各担当医の指導に従っていただくことになりますが、ここでは糖尿病の予防のために大事な事をいくつか示したいと思います。
まず、糖尿病になりやすい食パターンは、
a)過食、偏食(食事内容は、タンパク質:脂質:糖質の比率を1:2:5程度にするのが理想的)
b)動物性のタンパク質のとりすぎ
c)食物繊維の不足
d)砂糖やアルコールのとりすぎ
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等があります。
また、運動は、a)血糖の低下とインスリン作用の増大、b)HDL(善玉)コレステロールの増加、c)高血圧の改善と心負担の軽減、d)運動能力の向上、e)精神不穏の解消等に有効です。
さらに、ストレスを上手に解消する事も大事な事です。
次に尿中の蛋白が陽性の場合ですが、蛋白尿は正常でも少量ずつ排出されていて、これを生理的蛋白尿と言います。特に、発熱時や運動後、月経前、過労では尿蛋白が陽性に出る事があるので、尿蛋白が陽性であるからすぐ病的であるとは言えないので注意が必要です。
病気による尿蛋白の原因には、腎臓自体の障害によるものから、妊娠や心不全、糖尿病、膠原病、感染、中毒、その他尿道の異常など、様々なものがあり、いずれにしても再検査が必要です。
また項目にはありませんが、尿潜血反応に関して言えば、血尿は、腎臓から尿管、膀胱、前立腺、尿道のどの部分の障害でも起こり得ますし、その他、感染や中毒、血液疾患等でも起こります。
一般に肉眼的に血尿がなければ、緊急性を要することは少ないと言われますが、いずれにしても再検査が必要です。
各検査結果の判定は、(−)は陰性で、(±)が少量、(+)が多いほど高度となります。
7.貧血検査(血色素量、赤血球数)
血色素量、赤血球数とも、貧血や赤血球増多症の有無や程度を知るために必要な検査です。その正常値は、一般に
赤血球数:男性140〜530(104/mm3)
女性380〜480(102/mm3)
血色素量:男性14〜18(g/dl)
女性12〜16(g/dl)
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であり、また女性は非妊娠時の値です。
貧血とは、各検査値が正常値に満たない場合です。
貧血の原因としては、
1)赤血球をつくる骨髄の機能が低下している場合
2)赤血球をつくるのに必要な鉄等が不足している場合
3)赤血球は充分につくられているが、赤血球の破壊が異常に進んでいる場合
4)体のどこかで出血している場合
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等があります。
特に、これらの内で最も多く見られるのが、2)を原因とする鉄欠乏性貧血です。鉄欠乏性貧血は、女性によくみられる貧血のタイプですが、女性は生理、妊娠、出産等、男性より鉄が欠乏しやすい状況にあり、さらに無理なダイエットや偏食等が追い打ちをかける場合が良くみられます。
その他の貧血のタイプでは、1)の場合は再生不良性貧血という病気がよく知られていますし、3)の場合は溶血性貧血と呼ばれます。4)の場合には、特に胃または十二指腸潰場の出血が自覚されずに続いていたり、癌等の前兆として認められる事もありますので、いずれのタイプの貧血にしろ、医療機関での充分な検査が必要なのは言うまでもありません。
貧血も軽度では自覚症状はありませんが、進行すると、特に血色素量が8g/dl以下では、息切れや動悸などが認められます。その他、顔が青白くなったり、爪の色の赤味が薄くなったり、まぶたの裏が白っぽくなったりしてきた場合は、貧血が疑われますので、検査を受けて下さい。
8.肝機能検査(GOT、GPT、γ−GTP)
肝臓は、タンパク質の合成、糖や脂肪の貯蔵、胆汁の生成、有害物質の解毒等を司る重要な臓器ですが、その強い再生能力のため障害を受けてもなかなか症状があらわれにくく、沈黙の臓器とも呼ばれています。
しかし、障害の程度がその再生能力の範囲を超え症状が現われたときには、元の状態に戻るのが、難しい事も多く認められます。
ですから、以下の説明を参考にして、肝機能障害の早期発見、早期治療に努めて頂きたいと思います。GOT、GPTは肝細胞の障害の程度を知る上で欠かせない検査です。
一般にその正常値は、
となっており、肝細胞障害が起こるとこれらの値が上昇します。また、GOT、GPTの値は食事の影響をほとんど受けませんが、筋肉注射や運動後にはGOTが上昇することがあります。
また、その上昇の仕方も疾患毎にある程度特徴があり、GOT<GPTでは急性肝炎、GOT>GPTで肝硬変、アルコール性肝障害の他の諸検査によりなされます。
また、GOTは心筋梗塞や筋肉疾患でも上昇し、よい指標となります。
γ−GPTも、肝、胆道系の病気の診断にとって非常に有用な検査です。特に、アルコールによる肝障害の指標として広く知られていますが、胆石、胆のう炎、胆道癌等でも上昇します。一般にその正常値は、
となっています。特に、γ−GPTとともにGOT、GPTも上昇している場合は、充分な精密検査が必要です。
9.血中脂質検査(総コレステロール、中性脂肪)
最近はコレステロールというと有害なものというイメージがありますが、体にとっては非常に大切な成分なのです。主にコレステロールは細胞をつくる材料として、またホルモンやビタミンD等の原料として大切なものです。
ですから、少なすぎると肝臓や脳、血管等に栄養が不足し、脳卒中が起こり易くなります。
反対に総コレステロールと中性脂肪のどちらか、あるいは両方が多すぎる状態を高脂血症と言います。高脂血症が続くと、コレステロールが血管の壁に沈着して動脈硬化を起こし、血液の流れが悪くなります。そのため心筋梗塞や脳卒中、腎不全、四肢の冷感、壊死といった病気に進展する事があります。また、高中性脂肪血症が続くと、脂肪肝や膵炎を来たします。
ですから、脂質は多すぎず、少なすぎず、適当な摂取が望まれます。
一般に総コレステロールと中性脂肪の正常値は、
総コレステロール:
150〜199mg/dl(男性及び50才未満の女性)
150〜219mg/dl(50才以上の女性)
中性脂肪:
150mg/dl未満
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です。中性脂肪は食事の影響を受け易いので空腹時の採血を心がけて下さい。
高コレステロール血症の原因は、遺伝による場合のほか、脂肪摂取の過多、内分泌疾患、ネフローゼ症候群等の腎疾患、肝疾患等があります。高中性脂肪血症の原因には、糖尿病、肥満、高脂肪、高糖質、高カロリー食の摂取、アルコールの過剰摂取等があります。
コレステロールはその成分から、カイロミクロン、超低比重リポタンパク(VIDL)、中間比重リポタンパク(IDL)、低比重リポタンパク(LDL)、高比重リポタンパク(HDL)に分けられます。
この内でLDLは、血管壁に沈着し、動脈硬化を起こす主な原因と考えられており、悪玉コレステロールと呼ばれ、逆にHDLは、血管壁に沈着したLDLを追い出す働きがあり、善玉コレステロールと呼ばれています。ですから、高脂血症を指摘された人だけでなく、我々は善玉コレステロールを増やし、悪玉コレステロールをへらす食生活を心がける事が大切です。
ここで悪玉コレステロール(LDL)の算出法をおぼえておきましょう。
LDL=総コレステロール−HDL−中性脂肪×0.2
(ただし中性脂肪が400mg/dlをこえたら使えません)
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このLDLが150mg/dlをこえたら、積極的に高脂血症の治療を行いましょう。
10.心電図検査
心電図は心臓内でおこる電位の変化を体表面で記録した波形ですので、心臓の動きや構造を表現するものではありません。しかし、心電図により、心臓の機能につき、ある程度の指標とはなり得ますし、検査は安全で短時間で終了しますので、循環器の健診としては不可欠のものと考えられます。
循環器疾患の診断において、心電図検査が有用な場合は、不整脈や虚血性心疾患(狭心症や心筋梗塞)などで、心臓の肥大や拡大、体の電解質の異常なども心電図に反映されます。特に不整脈は心電図によってのみ診断されることも多く重要です。虚血性心疾患では、病気が発症しないと心電図に反映されないことが多いので、自分の生活習慣(体重の変化、運動量、飲酒喫煙の程度、食生活のパターン)や虚血性心疾患の前駆症状である坂道や階段での動悸息切れ、朝の動き始めの胸苦しさ、脈の乱れ、夜間の突然の息苦しさ、運動、食事、入浴後の胸の痛みなどの症状に注意し、疑わしい時は心電図検査だけでなく、負荷心電図などの精密検査を受けましょう。特に循環器疾患は緊急性の高いことが多いので、海外赴任者の場合、赴任前に充分なチェックが必要と考えます。
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