「海外赴任と成人病」
巻頭言

東京女子医科大学助教授・内科
戸松 成

 近年、わが国の企業の海外進出が増加するに伴い、海外赴任者の数は次第に増えてきている。そして、企業においては海外展開の重要度が一層増しつつあるので、壮年者の海外赴任も多くなり、成人病を持ったまま海外赴任する人もおのずと目立ち始めた。

 ところで、この成人病は加齢に着目して命名されたものであるが、最近は生活習慣に重きをおいた生活習慣病という名称が好んで使われつつある。即ち食事、運動、休養、喫煙、飲酒などの生活習慣に影響される疾患群のことを指しているのだが、その多くは従来成人病と呼ばれている疾患である。

 海外赴任においては、日本にいた時と生活習慣が著しく変わることは避けようがない。例えば、肉や脂肪に富んだ食事、われわれ日本人には多過ぎるほどの料理の量、衛生上生野菜を摂ることが難しい国も多い。治安が悪い国の場合は、車での移動が不可欠であり、普段歩くことやジョギングなどの運動をする機会が著しく少なくなる。また、海外赴任時にはたいていが企業の責任ある地位に就くので、現地企業との付き合いや現地スタッフとの親睦など、飲酒の機会がかなり多くなる。単身赴任者の場合はなおさらである。このように、海外生活には、成人病あるいは生活習慣病(以下、一括して成人病と呼称)にとっての負の因子がたくさん存在するのである。 加えて、海外生活ではカルチャーショックなどのメンタルヘルスも無視できない。

 海外赴任における成人病の予防やメンタルヘルスのためには、本人の自覚だけに限らず、派遣企業の支援も必要である。しかし、実際に積極的な対策をとっているのは未だごく一部の企業に限られていると言えよう。

 そこで、派遣企業に望みたいことは、@海外赴任者の人選には性格も考慮に入れる:神経質・几帳面な性格の人は海外生活に不適応を起こしやすく、融通性・好奇心の旺盛な人が適応しやすい。A予め赴任前に、企業専属の産業医が成人病やカルチャーショックへの対処の仕方を指導する。B赴任中に使用する治療薬を確保する:定期的に企業から薬を送付したり、留守家族が医師から薬をもらって送付するケースもあるが、大部分の企業では未だ何ら対策が講じられていない。また前者の方法にしても、成人病の病状は絶えず変化するものであるし、そもそも診察しないで処方箋を出すこと自体が違法行為であり、あまり望ましいとは言えない。産業医に成人病に関する紹介状を書いてもらい、信頼できる現地の医師にかかって同種の薬を処方してもらうのが理想的であろう。C赴任中に日本語で健康相談ができる:産業医に直接電話で相談するか、さもなければ日本語での電話医療相談を専門に扱う機関を利用する。さらに、定期派遣で実施される公的な巡回医療相談(海外邦人医療基金/労働福祉事業団、外務省など)も積極的に利用する。D緊急事態に速やかに対応できる:産業医を直接現地に派遣するか、さもなければ国際的な援助機関(アシスタンスサービス)を利用する。

 海外赴任者が増えてくるにしたがい、その健康管理体制の充実が否応なく求められている。企業本社に専属の産業医をおき、赴任各地では信頼できる現地顧問医を契約して、内外の医師同士の密接な連絡のもとに健康管理を行うのが最も理想的と考えられる。現地顧問医が日本語を話せるならなおさら好都合と言えよう。


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